たそがれ不動産営業日誌

不動産:中古住宅 マンション 土地を売りたい人、買いたい人の参考になる記事が書ければと思いつつ・・・

オープンハウスに来場した、奇妙な客のはなし。

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オープンハウスとは住宅の販売方法の一つである。

工務店が下取りした中古住宅を売るためにオープンハウスをおこなった。

オープンハウスにひと組の家族が来場した。

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その家族はこの物件の近くの賃貸マンションに住んでいる。

愛くるしい目をした若い奥さんは、ジーパン姿が良く似合う。
まだ小学校に上がる前と思われる二人の男の子がオープンハウスの一階リビングルームを所せましと走り回る。

下の子が父親にまとわりついて、抱っこをねだっている。
ほほえましい家族だ。


この客は新人営業マンの鈴木が担当している。
鈴木によると、三ヶ月程前にチラシを見て問い合わせをしてきた客で、この小学校区内で築の浅い中古住宅を探しているそうだ。

家族は三十代のご主人と二十代の奥さん、それに小学校入学前の男の子が二人である。
鈴木はもう二度ほど自宅にうかがい、奥さんにこの物件をすすめている。

自営業のご主人は住宅関連の仕事をしていて仕事柄夜が遅いそうだ。
鈴木もご主人に会うのは今日が初めてだと言っている。


奥さんはこの住宅がとても気に入ったようだ。
水回りが改装されていて、風呂、トイレ、キッチンが新調されている。
それに子どもたちが小学校に上がるときも、校区が変わらなくてよい。


「価格は1200万円ですが、ほかに、仲介手数料、登記費用、不動産取得税、引っ越し費用など、諸経費が100万円程かかります。ご購入にあたっては合計で1300万円程必要になります」

鈴木は他にも住環境や校区などを調べて、ていねいに説明している。


「住宅ローンを使われますか」

「いえ、現金で支払います。なんとか用意できそうです」
と、この主人はきっぱりと言った。

「さすがですね。それではこの物件を留めておきますので、買付証明書にご記入をお願いします」
鈴木が用意していた書面を取り出してそう言った。


買付証明書とは購入希望者が売主あてに出す書類で、希望する価格やそのほかの条件をそえて、住所、氏名を記入し押印する。購入申込書ともいう。

場合によっては、申込証拠金などと称していくらか預かっておくこともあるが、法的な拘束力はない。

たてまえは他でこの物件が売れてしまうことのないように、仮に物件を押さえておくという意味で記入していただくのだが、実際は買主の決意を確認することと、買主が心変わりしないように念を押すためである。


「契約は来週の日曜、朝10時からでいいですか」
と鈴木が客に聞いた。


「当日は売主様もお越しになりますので、そのときに手付金を売主様に渡していただきます」
「手付金は価格の1割で120万円、現金でおねがいします」
「認め印で結構ですからお持ちくださいね」
「それでは、来週の日曜日にお待ちしています」
と鈴木が言った。


ご主人はスポーツマンタイプの小柄な人である。
はきはきと返事をされるので好感がもてる。
まじめで温厚そうだ。


鈴木は、売主の亜久野工務店の成山社長にも電話をかけ、自分が契約を決めたことを報告している。

「成山社長!あの下取りの中古住宅ですが、今買い付けをとりました」
「はい、契約は来週の日曜です」
「買主は自営業だそうだがローンは通るのか」
と売主の成山が聞いてきた。
「えぇ、大丈夫です。客は現金で買うと言ってます」
「そうか。しかし、待ってくれ日曜は予定が入っているんだ」と成山が言った。

「仕事ですか」
「うん、仕事ではないけれど」
「ひょっとして、またゴルフですか」
「そういわれても、ゴルフも大事だし」
「買主の気持ちの変わらない内に契約したいんですよ」
「お願いしますよ(契約とゴルフとどっちが大事なんだ)」
「ま、しかたないか・・・よし、わかった」
と売主の成山が言った。

こういった、業者が下取りした物件を仲介した場合は売主からも仲介手数料が入る。
われわれの業界では「両手」という。

売主と買主の両方から仲介手数料が入るという意味だ。
営業マンにとっても、おいしい案件なのである。

「意外と早く決まったな」
「はあ、今日は決めようと思っていたんですよ」
「奥さんから今住んでるマンションの近くで探すように言われていたんです」
と鈴木が得意な表情を浮かべて言った。


先輩の営業マンが
「お前、タイプなんじゃないか。あの奥さん」と言った。
「何を言ってるんですか」
「あの客は住宅関連の仕事をしていると言っていたが」
「まだ若いのに儲けているみたいだな」
鈴木は同僚たちとそんな取りとめもない話をしながら、契約の日を待つことになった。

ところが、である。

契約の二日前に、鈴木が念のため客に電話をかけて連絡を取ろうとしたのだが、これがつながらない。

何度も電話をかけるが出ない。
自宅に訪問しても留守である。
契約の日になってもなんの音さたもない。
「この際、夜遅くでもいいから自宅のインターホンを何回も押してみろ」
「相手も契約の日時まで決めているんだからわかるだろう」
「何度も行ってみたのか」

「それはもう何回も行ってますよ」
「いつもは奥さんがすぐに出てくれるんですけど」
「もう、しつこいくらいにインターホンを鳴らしましたよ」
「何か、あったんですかね」
「どうもおかしいですね。居留守を使っているような気配もないんですが」
と鈴木が言った。
「現金で買うといっていたが、実際は親からの援助を当てにしていたとか。その思惑が外れて購入資金が用意できなかったとかじゃないか」
「ほかにいい物件でもあったのかもしれないな」
 「しかし、困ったことになったな」

「大変ですよ。明日の契約には成山社長がゴルフをキャンセルして来ることになっているんです」

と鈴木が言った。
 「とりあえず、売主の成山には『急なことで申し訳ないが買主の都合であしたの契約は延期になった』と伝えろ」
「それにしても、一言、電話一本でもくれればいいじゃないですか」
 「こんな人だとは思いませんでしたよ」
「本当に失礼な客だ」
と鈴木が言った。

売主の成山社長からは
  「なにをしているんだ」
「せっかくの現金で買うといういい客を逃がすなよ」
「ゴルフまでキャンセルさせておいて、踏んだり蹴ったりじゃないか」
「しっかりしてくれ」
などといわれる始末だったが、そういわれても、連絡の取りようがないんだから、しかたがない話だ。

オープンハウスに来た客とは連絡がとれないまま時間が経過していった。

一ヶ月近く経ったある日の朝のことである。

朝刊を眺めていた年配の営業マンが
「あれ・・・、おい鈴木、これ、お前の客じゃないか」
 と言った。

「え~・・・マジっすか」
鈴木の目が新聞の記事に釘付けになった。

四人の営業マンが鈴木の見ている朝刊を取り囲んで食い入るように眺めている。

『住宅に侵入して、現金10万円余を盗んだ疑いで〇〇警捜査3課と〇〇署は住所〇〇の〇〇(33歳)を窃盗の疑いで逮捕した。
二階のベランダから侵入する手口で・・、被害総額は数百万円に上り、これまでに十数件の空き巣を働いていたと思われる・・』

三面記事の端に小さくではあるが、確かに住所と名前、年齢まで出ている。

オープンハウスに来た客に間違いない。

「おい鈴木、奥さんはご主人がしていることを知らなかったのか」
と先輩の営業マンが言った。

「そんなこと、僕が知ってるわけないでしょ」
「そういえばあの主人は身のこなしが軽かったな」
「オープンハウスのベランダや急な階段も跳ぶようにかけ上がったぞ」
「なるほど、それで住宅関連の仕事か」
「人は見かけによらないというが」
「何を感心してるんですか」
「ほォ、被害総額数百万か」
「いや、もっとあるだろう」
「被害総額は1300万以上のはずだ」
「なにしろ、家を買うのに1300万円の現金を用意すると言っていたんだからな」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ」
と鈴木が言った。
「まあ、そういうな。まだよかったじゃないか」
「まあ、考えてみろ。これが契約して手付金を売主に渡してからだったら、それこそ大変なことになっていたんじゃないか。その手付金は誰の金かということになるからな。そう思わない」

「それはそうですけど、あんなに嬉しそうにしていた奥さんがかわいそうで・・・」
と鈴木が言った。

「あの奥さんのことが気になるのか」
「やっぱり。お前のことだからそういうと思ったぞ」

しばらくの間、事務所の中はこのオープンハウスに来た客の話題で持ちきりになった。

もうずいぶんと前のことになるが、ときどき私は思い出すことがある。
当時、私は社員数名の小さな不動産会社を営んでいた。

長くこの商いをしているので様々な職業の方に不動産の仲介をしてきたが、「空き巣」氏に買付証明書をいただいたのは後にも先にもこのときだけだ。

こういう場合、「空き巣」氏に敬語を使うのはいかがなものかと思うのだが、お許しあれ。

彼が無邪気に走り回っていた子どもたちの父親であり、新人営業マンの鈴木ではないが、愛くるしい目をした若い奥さんの夫であったことを思うと胸が痛むのである。

オープンハウスに現れた親子四人。
これから購入し住まうことになる住宅のリビングルームで無邪気に遊んでいた子どもたち。

毎日使うことになるキッチンやトイレ、水回りの使い勝手を何度も確かめていた、ジーパン姿のよく似合う、愛くるしい目をした若い奥さん。

これから始まる新居での生活を夢見ていた、あの日オープンハウスに訪れた幸せな家族はどこへいった。

 

その後、刑期を終えて真っ当な人間に生まれ変わった空き巣氏。
彼の帰りを、首を長くして待っていた奥さんと子どもたちはきっと黄色いハンカチを高くつるして出迎えたに違いない。

ただ、ちょっと残念なのは、この空き巣氏が高倉健にはあまり似ていなかったことである。

 

 

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