たそがれ不動産営業日誌

不動産:中古住宅 マンション 土地を売りたい人、買いたい人の参考になる記事が書ければと思いつつ・・・

東京オリンピックのあった年の、一葉の写真

 

 

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55年前の写真

親戚の法事の席で五十五年前に撮られた一葉の写真が話題に上った。
母の実家で、祖父母を囲んで皆が一堂に会したときの記念写真だ。
従弟がその写真を焼き増しして送ってくれた。
祖父母を囲んで子どもたちと孫たちが一堂に会し、さあ、これから祝宴を始めようというところだろうか。
写真に写った懐かしい面々を眺めていると、皆のおしゃべりや喧噪が聞こえてくるようだ。  

 長兄の伯父だけが写真に写っていないのは、おそらく伯父がカメラマンの役を買って出たからだろう。

母の実家には菊の紋章の付いた「遺族の家」という表札が掲げられていた。
もう一人伯父がいてビルマで戦死しているのだ。
亡くなった当時はまだ二十歳だったそうだ。 

戦後、伯父の戦友が遺品を持ち帰り、実家に届けている。
そのとき、戦地で敵の凶弾が伯父の胸にあたったことや、しかし苦しまずに亡くなったことなどを祖父母に詳しく話したそうだ。

「父がひとり仏壇の前に座り、兄の遺品を手に取り静かに何度も兄の名前を呼びながら涙を流している姿を見かけた」とお袋が言っていた。

祖父は九十歳を過ぎてもなおかくしゃくとしていた。

気丈な性格であったと聞いているが、情の深い心やさしい一面を持った人でもあったようだ。 
深いしわに刻まれた祖父の顔は、憂いのこもった感慨深い表情をしている。

写真に写った三十九名のうち十七名が鬼籍にいる。
東京オリンピックがあった年、と言ってもまだまだみんなが貧しかったころの写真だ。

五十五年の歳月を思わずにいられない。

 伯父がカメラのシャッターを押した瞬間から、またたく間に五十五年の歳月が流れたようだ。

さらにおなじ月日が過ぎれば、この写真に写っているみんながいなくなるのだろうか。

寂しいかぎりだが、いつか、次の世代にバトンタッチする日が訪れるのは、われわれがこの世に生まれたときの約束ごとだ。 

写真に写し出された、幼い日の自分とわが一族を眺めていると、あらためて人生や生きることの意味を考えさせられるようだ。

私はこの一葉の写真を額に入れて飾っておこうと思う。 

tasogare.me

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