媒介契約をキャンセルされた話し

不動産

不動産を売却しようとするときは、不動産業者に仲介を依頼するのが一般的です。
不動産業者が仲介の依頼を受けたときは依頼者にその内容を媒介契約書として交付することが義務付けられています。
媒介契約を締結したものの、1週間後にお客様から解約の申し入れがありました。
ここではそのときの媒介契約の締結から解約、その後の予期せぬ展開までの経緯をお伝えします。
媒介契約を取り交わすときの参考になれば幸いです。

媒介契約とは

3通りの媒介契約

媒介契約には①専任媒介契約 ②専属専任媒介契約 ③一般媒介契約の3種類の形態があります。

この3通りの契約の中でも専属専任媒介契約というのは、売主が自ら買主を見つけてきた場合でも、売主は必ずその不動産業者の仲介で契約し、手数料を支払わなければならないといった内容です。

専属専任媒介契約を締結する

 大手電気メーカーにお勤めの田中さんが来店されたのは、リーマンショックで世の中が大きく揺れた年の翌年2月のことでした。

東京本社に転勤することになり、社宅へ引っ越しすることに決まったけれど、数年前に購入した自宅の管理をどうしたものかと悩んでおられたのですね。

この際、売ってしまおうか、それとも人に貸した方がいいだろうかという相談です。

田中さんの住まいは大手建築メーカーで建てられた注文住宅で、間取りは4LDK、使い勝手も良く、大変きれいに使われています。

 私は田中さんの住宅を人に貸した場合の家賃収入と、住宅ローン返済額とが比較できるように一覧表にした書面を作成しお渡ししました。

さらに住宅を売却したときの費用とそのときにかかる税金等を差し引いて手もとに残るであろうと思われる金額についても書面にして説明したのですね。

不動産の価格は物件周辺の成約事例、土地の公示価格、路線価、土地建物の評価額、建物の新築時の価格から経過年数、耐用年数をもとに算出した価格等から総合的に判断して算出します

 当時は リーマンショックの世界的な大不況を受けて、非正規雇用者などが解雇されるいわゆる「派遣切り」が社会問題化していました。

地価の下落も続いていましたので、田中さんは将来のことも考えたうえで、この際、売却した方が得策であろうと考えられたのですね。

結局、査定価格の2500万円で売り出すことになりました。

田中さんには一般媒介契約、専任媒介契約、専属専任媒介契約の違いや、その内容をくわしく説明してから、田中さんの希望で専属専任媒介契約を締結しました。

専属専任媒介契約書

媒介契約の期間は3ヶ月ですので、その期間内に売却するため、早速、販売の為の資料と間取り図面等を作成し、広告会社にも新聞への折り込み広告を依頼しました。

媒介契約の解約

田中さんから媒介契約を解約したいという電話があったのは、媒介契約を取り交わしてから10日後のことでした。

何か込み入った事情ができたような口振りでしたが、とりあえず、お会いして詳しい事情をお聞きしましょうということで、一旦電話を切りました。

田中さんが手土産を片手に来店されたのは、その翌日の開店と同時でした。

田中さんは心なしか、顔がこわばっているように見受けられます。
田中さんは次のように切り出しました。

「実は事情で媒介契約を解約したいのです。白紙に戻していただけませんか」

「いったいどのようなご事情ができたのでしょうか」と聞き返したのですが、田中さんは
「大変申し訳ないのですが、事情は聴かずに、この度の媒介契約はなかったことにしていただけませんか」
「なかったことにして下さい」と言うばかりです。

「田中さん、ちょっと待ってください」
私は田中さんからの一方的な申し入れに、思わず我を忘れそうになりましたが、心を静めながら話を続けました。
「田中さんが私どもと媒介契約を取り交わされてから、まだ10日も経つか経たないかというのに解約したいとおっしゃるのですから余程の事情がおありなのだろうと思いますよ」

「しかし、私どもも媒介契約を取り交わしてから、まだ10日ほどですが、すでに田中さんの住宅の間取り図面を作成して販売資料を作り、各営業マンが自分の担当しているお客様にも紹介しています。私どものお客様の中には、田中さんの住宅が売りに出る前から、この地域で売家を探しておられる方もいらっしゃいます。そのお客様の中には、田中さんの住宅が希望されている住宅の価格帯や間取りに近い方がいらっしゃって、一度家の中を見せていただきたいといったような方も出てきているのですよ」
(こういう場合は、たとえ媒介契約を取り交わしてから10日ほどであっても、業者の方も自分たちのしてきた販売活動の内容を、お客様に理解してもらえるように詳しく説明する必要があります。実際ある程度は方便と言いますか、なんと言いますか、購入希望客がまだ現れていなかった場合でも、さもあるように言う業者も中にはいるのですね。田中さんの場合は実際に一度家の中を見せてほしいというお客様がいたのですが・・

「田中さんが事情で住宅を売るのを止めたい。媒介契約を解約したいとおっしゃるのなら、それはそれで仕方のないことだと思います」

「何か込み入った事情ができたのだと思いますが、私どもも『売って下さい。売りましょう』といった口頭での約束ではなく、専属専任媒介という契約書を取り交わして販売活動を始めています」
「気が変わったので、やっぱり売るのを止めることにした。事情は聴かないでほしい。はいそうですかという訳にはいかないですよ」

「やはりこちらとしても、この一週間で販売活動をして、広告の準備もしたり、お客さんに田中さんの住宅を紹介したりもしていますから、広告も中止したり、紹介したお客様にも販売中止になった事情を説明しなければなりません」

「事情があれば仕方のないことですから、私どもにも納得できるように説明していただけませんか」

田中さんは観念されたように、重い口を開かれたのでした。
田中さんによると
自宅を売りに出されて直ぐに、近くに住む弟さん夫婦に家を売りに出したことを話されたそうです。

弟さんからは売るなら売るで、なぜ、ひと言声をかけてくれなかったのかと、たしなめられた。

 弟さんは夫婦と子ども2人の4人家族で賃貸マンションにお住まいです。

上の子は翌年に小学校入学を控えていて、賃貸マンションの契約更新時期と重なります。

 半年ほど前にも弟さんに転勤になった場合のことを話されていたのですが、そのときは弟さん夫婦には住宅を購入しようという気は全くなかったそうです。

人間とは勝手なもので、それまで家を買いたいと言っていた人が、実際に、いざ買うというときになると二の足を踏む。

逆に今までその気がなかった人が、他で売れてしまうかもしれないとなると欲しくなるというのもまた人情なのですね。

 当然のことですが、弟さんご家族はお兄さんのお宅へは住宅を購入された当時から何度も訪問して、家の造りや間取りもよくご存知です。

 それに、お兄さん夫婦には子供がいないということもあり、家の中はとてもきれいに使われています。

 他人が住んでいた中古住宅はいろいろと調べないと不安で心配な面もありますが、お兄さん夫婦の家なら安心です。

後で、やめておけばよかったと後悔することもないでしょう。

 それに兄弟のことなのでいろいろな面で多少の無理は聞いてもらえそうです。

そう考えて、弟さん夫婦は自分たちが購入して住みたいと思われるようになったのですね。

 結局、田中さんは、弟さんご夫婦にご自宅を譲ることになったのですが、すでに私どもと「専属専任媒介契約」なるものを交わされています。

「依頼者は、自ら発見した相手方と売買又は交換の契約を直接締結することはできない」と媒介契約書にはうたわれています。

 たとえ兄弟間の取引であっても媒介契約を交わし、判を押した以上、勝手に売買はできない。
売主、買主ともに不動産業者に仲介手数料を支払わなければなりません。

 田中さんしてみれば不動産業者に売却を依頼する前に弟夫婦にもう一度購入する気はないのか、確認しておけばよかったと後悔されたことでしょうね。

これはなんともおしいことをしたと後悔されるのは無理からぬことかもしれません。

誰でも兄弟間で売買するのに、なぜ、わざわざ不動産業者に仲介手数料を支払う必要があるだろうかと思われるでしょうね。

 確かにこういった場合、不動産業者は専属専任媒介契約を締結しただけで、仲介手数料が転がり込んでくる勘定になりますよね。

濡れ手に粟」とはこういうことを云うのか、と思われる方がいらっしゃるかも知れません。

 私とすれば、専属専任、専任、一般媒介契約のそれぞれについて詳しく説明させていただいた上で、田中さんの希望により、毎週不動産業者が売主に報告する義務のある専属専任媒介契約を取り交わし売却させていただくことになったのですね。

 こちらとしても、媒介契約を締結後、何もしていないという訳ではなく、販売資料の作成、お客様への紹介、広告の掲載手続きまで行っています。

 田中さんは確かに専属専任媒介契約を締結しているものの、契約して直ぐにご自分から弟さん夫妻に住宅の売買の話しをされて、売却されることになりました。

 田中さんの立場からすれば、ただ専属専任媒介契約を締結したというだけで不動産業者に仲介手数料を支払わなければならないというのは納得できないことかもしれません。

  私は田中さんから弟さんとのいきさつをお聞きして、弟さんの購入の意思が固いことと、弟さんの年収からいっても問題なく住宅ローンが支払っていけることがわかりました。

兄弟間のことなので直接取引をされても何ら問題は起きないようです。

 それで私は「事情はよく分かりましたので、田中さんにはこの際、私の会社を通さずに弟さんと直接売買されてもいいですよ」と申し上げました。

 そして、弟さんとの今後の売買の仕方や、不動産登記の方法などについても、詳しく説明して差し上げたのですね。

また今回の私どもとの間の専属専任媒介契約は白紙に戻しますので、仲介手数料も発生しませんよとも申し添えました。

 田中さんも肩の荷が下りたように弊社を後にされたのでした。

なぜ解約することを承諾したのかと問い詰められる

 事務所で私と田中さんとのやり取りを見ていた年輩の営業マンが私に次のように言います。

「専属専任の媒介契約を締結しているのだからうちで仲介するべきだ。当然仲介手数料も発生する。正規の手数料とまではいかなくとも手数料は貰うべきだ」

私の顔を見てあきれたように言うのですね。

「あなたは・・
本当にいい人ですな・・」

どうも彼の眼は私を非難するだけでなく憐れんでいるようにさえ私には見えます。

 他の不動産業者なら、媒介契約を交わしてから白紙に戻し、仲介手数料はいらないなどということはありえないことなのですね。

残念ながら、それまで紳士的に対応していた不動産業者でも、客が媒介契約をキャンセルしたいなどと言ったとたんに、態度が急変し言葉を荒げてすごんでくるようなやからもいるのですよ。

実際私もこういった連中を何人もみてきたものです。(不動産屋さんにはコワーイ人もいるのですね)

 もし私がこの案件を他の営業マンに担当させていて、その営業マンから今回は事情で媒介契約を白紙に戻したいと言われたら、どうしていたでしょうか。

おそらく、随分かってのいいことですが、すぐには承諾しなかったでしょうし、少なくとも調査費用等、諸々の軽費が掛かっていることをお客様に説明してその費用を請求するようにと指示していたと思うのですね。

田中さんはたまたま、私自身が担当することになったので、自分に「役得」があるように考えてしまったようです。

当然お客様からいただかなければならない手数料を、のおもいあがりとお人好しのために、自ら放棄してしまったのでした。

その後の顛末

・・・・・・それから数日後のことでした。

 田中さんご夫婦が弟さんご夫婦と連れだって弊社へお越しになったのはそれから間もなくしてからのことでした。

 弟さんご夫婦は二人の小さなお子さんと一緒で、事務所の応接室は一度ににぎやかになりました。

 その後ご兄弟の間で売買ができて、その報告に来ていただいたのでしょうか。

先日の、お土産をいただいたお礼を申し上げて、その後の状況をお聞きしました。

 田中さんのおっしゃるには「おかげさまで、兄弟の間で話し合いができ、今ある家具の一部とエアコン等も住宅にそのまま残しておき、2300万円で譲ることになった」とのことです。

ふたたび、媒介契約をおこなう

 それはほんとうに良かったですねと申し上げたところ、田中さんから思いもよらない話しを持ち掛けられました。

「実は今日お伺いしたのは、最初にお願いした媒介契約で、改めてちらで仲立ち(仲介)をお願いしたい」とのこと。

「自分は査定をしてもらったり、不動産売買の一連の流れを説明してもらったりしたのでよく理解できたが、弟夫婦は不動産の売買は初めてのことなので、もう一度説明してやってほしい」

 「また弟夫婦は住宅ローンを組んで購入することになるが、その相談にものってやってほしい」とおっしゃるのです。

「そういうことでしたら、私どもで改めて仲介させていただきましょう。」

 「銀行での住宅ローンの手続きもできる限り私どもで代行させていただくなり、お手伝いさせていただきたいと思います」

仲介手数料

「しかし、仲介手数料は正規の額をいただくわけにはいきませんので、割引させていただきましょう」

仲介手数料は売主、買主の双方から、それぞれ、売買価格の3%+6万円とその消費税分を申し受けることになります。

合計で144万円税抜き。この金額が正規の手数料で、結構な額ですね。

 結局、仲介手数料は売買価格の1%をそれぞれお二人からいただき、合計で売買価格の2%(44万円税抜き)としました。100万円の値引きです。

この金額には多いとか、少ないとか異論がある方がいらっしゃると思います。
しかし、私はお客様にご満足いただいたことと、私どももその額に見合う以上に誠意をもって取り組ませていただきましたので、適正な額であったと考えています。
(田中さんの方から、改めて媒介契約を取り交わして手数料も払いましょうと言っておられるのに、それでもまだ手数料を値引きしようというのですから、自分でもどこまでお人よしなのかと思いますね)

 田中さんの場合は大変珍しいケースでしたが、ご兄弟ともに満足していただき、お役に立つことができたと思っています。

結局のところ、これでよかったのだろうか

「名プレーヤー必ずしも名監督ならず」と言いますが、私は自分で会社を興して事業をはじめたころ、よくこの言葉を思い知らされることがありました。
この一件は、経営とは、商売とは、といったことについていろいろと考えさせられる出来事でした。

私は善良な人が困っているのを見るとほうっておけない性格です。
悪い人が困っているのを見たり、聞いたりするとざまーみろと心の内で言ってみたり、罰が当たったのだと思ったりすることがあります。

しかし、善良で困っている人が助けを求めてくれば、無報酬でも全力を尽くして力になりたいと思うのですね。
人から頼まれごとをされると、断れない性格です。

悪く言えば気が弱い。

私は専属専任媒介契約を締結しておきながら、あっさりと媒介契約を白紙に戻し、さらに売買の仕方や、登記の方法などまで詳しく教えてあげてしまったのですね

こういった行為は、そばでその様子を見ていた年配の営業マンが言うように、私のおもいあがりとお人好しが原因で、やはり間違いであったように思います。

どのような事情があるにせよ、かかった費用分くらいは請求しなければなりません。
こんなことでは経営者としては失格ですね(おい、しっかりしてくれよ)。
それが商いというものでしょうね。

ただこういうふうに考えることもできると思うのですね。

『道義的な問題は別にして、田中さんが媒介契約の期間(3ヶ月)を経過してから弟さんと直接売買された場合は、仲介手数料は要らない。
田中さんが黙ってさえいれば、こちらにはわからない。
しかし、田中さんは正直に弟さんに売却されることになった経緯を私に話された。
「善良な田中さん」は弟さん夫婦にできるだけ負担がかからないように自宅を譲りたいと思っておられる。そういうことなら、媒介契約は白紙に戻そう、直接売買されたらいい、金儲けだけのためにこの仕事をしているのではないのだ』

私がそういうふうに考えていたから、田中さんの方からあらためて私どもに仲介を依頼されるという、予想外の結果になったのではないでしょうか。

お客様からの信頼をかちとったそのときの私を、私はほめてやりたいとも思うのですね。

家と鍵を手に持つ女性

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